鎌倉・湘南の平日を楽しむためのベスト3
「週末の鎌倉方面、湘南エリアは混みますよ。まあ車の渋滞はもちろん晴天の予報になった土日ともなると人出は一気に多くなりますね。商売的には嬉しいですけど」(地元通)。
こんにちはユルネバT-800です。というわけで?今回は難しいかもしれませんけど、鎌倉・湘南を楽しむならぜひ平日にお越しください、という回です。
なので平日の鎌倉・湘南を楽しむためのベスト3をご紹介!
さらに絞って鎌倉・湘南を楽しむためのベスト3、スタバ編です。なんじゃそりゃって思われたか知れませんけど、スターバックスっていうのはご存知のようにナショナルブランドでありながら個々のロケーションに最適なカスタマイズが行われている希少なチェーン店舗と言えるでしょう。なのでここでしか味わえないスタバがあります。まあ、私自身が単純にスタバが好きということでもありますけど・・・。
ついでながら申し上げると湘南ライフ(あえてそう言わせて頂きます)にはスターバックスはマストプレイスのように思います。いつ行っても心地よい接客がありながらもたとえ常連でも適度な距離感が保たれるのでゆっくりと読書やPC作業に没頭できる・・・こんな場所はやはり「サードプレイス」のスタバ以外にはないでしょうね。
つまりあのカスタマーフレンドリーなサービスや「居住性」のよい空間設計そのままでさらに鎌倉や湘南の雰囲気・文化が感じられるお店作りになっているということです。なのでぜひ鎌倉・湘南にきたらチェック!です(別にスタバの回し者でもなんでもありません(^^))。
お勧めは:
①鎌倉御成町店
②江ノ島店
③湘南 蔦屋書店(湘南 T-SITE)
の3店舗。
①は以前にもご紹介しましたね。ここはとても人気がある店なので平日でもある程度は混んでいます。でも晴れた日の週末ほどではないのでやはり平日をお勧めします。プールのある中庭を見ながら、そしてスターバックスリザーブも楽しめるカウンターバーもあってここでは読書もPC作業にも集中できます(ダウンスポットライトと座席の位置に注意するとより快適な読書空間になります。いずれにしても長居は禁物。長居するならフードも含めて沢山買って売り上げに貢献しましょう(^^) )。
スターバックス 鎌倉御成店のご紹介はこちらもどうぞ ↓
自然光を取り入れた内装もお見事。店内に居ながら鎌倉の自然を感じられる素敵なお店です。
②は平日だと一番混雑のないお店だと思います。目の前に134号線を挟んで新江ノ島水族館が見えます。江ノ島店の店内は奇をてらっていないスクエアな配置が基本となっています。やはりここも江ノ島の自然や空気が店内に居ながら感じられるところが最大の魅力でしょうか(店内に浜砂や海水で濡れたままのものを持ち込まないようにするのが最低限のエチケット)。まさに湘南のど真ん中。
ベタですけど、やはり江ノ島と言えばこの歌でしょうね。海風の強い日に海を眺めながらお握りでも食べれば「砂混じりの茅ヶ崎」の意味もよ~く分かります(^^)。
個人的にはこちらが気分。1曲目からナイーブなオヤジの江ノ島の夏がオープンします!「君に~♪胸キュン♪夏の印画紙ィ~♪太陽だけ♪焼きつけてェ~♪」
③は上記3店舗中何時行っても一番混んでますね (- ^)。でもやはり空席率は平日の方がはるかに高いです。私のお勧めは2Fのスペース。スタバのコンセプトでもある「サードプレイス」をよりパーソナルな空間に落とし込んでいるように思います。ここでは他のコラボレーション店舗と同じように蔦屋の本を購入しなくても自由に読みながらスターバックスのドリンク&フードが楽しめます。
で、上記3店舗の中でやはり必須店舗は①の鎌倉御成町店です。週末はウェイティング覚悟となり他の観光時間もロスしてしまいますので、ここはやはり平日にぜひ!
(この店舗の最大の問題点はトイレの混雑でもありますので、そういう意味では平日の方がストレスは少ないでしょう。)
では、次回もYou'll never walk alone!
スケッチオブ鎌倉 「風のミラクル」と共に紫陽花を訪ねて
こんにちはユルネバT-800です。
梅雨に入ってしまった鎌倉。本日は久しぶりの快晴。
歩きといきたいところですけど、自転車で初夏の日差しの中を鎌倉巡り。
湘南の夏の海って「始まってもいない恋の終わり」っていうのが私にとっての変わらぬイメージです。
音楽でいえばやはりこれがピッタシ。若き日の天才ニックの最高傑作。永遠の青春ポップスですね。
では、次回もYou'll never walk alone!
鎌倉から行く東海道の天然酵母パン屋さん。
こんにちはユルネバT-800です。
本日はコーヒーとパン屋さんとカフェなら一度は訪問して欲しいお店が盛りだくさんの湘南地区の中から東海道沿いにあるパン屋さんをご紹介。
それではまず起点の日本橋から歩き始めます・・・なんていうレポートはまたあらためて。今回のお店は東海道五十三次と言われる街道沿いの宿場町の中のひとつ藤沢宿にあるパン屋さんです。
お見せの名前は「関次商店 パンの蔵 風土」。私はパートナーから教えてもらい今年
(2019年)1月にオープンしたお店を2月中旬に初めて訪問しました。
こちらのお店は旧東海道藤沢宿にある国の登録有形文化財「関次商店穀物蔵」つまり本物の蔵(「蔵風」の建物ではないということです)をリフォームしたパン屋&カフェなんですね。
まずはお店(蔵)の入り口から見える店内は「オシャレ」。中に入るとこの空間を作った人の抜群のセンスに感動します。また2月に初めて来たときと今回もその雰囲気は変わっていないことにも感動。お店って最初お洒落で新鮮な感じがしても段々とそれが失われていくことがままあるのですよね。お店においてそのままの状態を維持するというのは膨大なエネルギーが必要なのです。
さてこの蔵空間。とても心地良いのです。1Fにはテーブル席が4つ、畳席(座敷席)が2つあります。もともと日本家屋というのは畳に座ることが前提となっており天井が低いのですけど(こちらの畳席にあるスペースはそのように天井が低くなっております。まあ逆に穴倉のような空間が好きな私にはこの狭さも心地いいのですけど)、蔵は保存庫なので2階スペースがないと天井の高さはかなりのものです。
というわけでメインスペースは吹き抜けのように高い天井で、梁も見えて広がりを感じさせてくれる開放的な空間です。
私は仕事の関係上店舗デザインにもかかわることがあります。そんな経験を通じて自分なりにお店のデザインというものを以下のような要素に還元して捉えています。
- 空間(幅・奥行・高さ)
- 配置
- グラフィック (含む文字)
- カラー
- 照明
- 素材
- オーディオ
これらの要素の中の「素材」がこの「パンの蔵 風土」の最重要なデザイン要素でもあります。その素材はずばり土、竹、木。特に今では貴重な「木舞(こまい)」の土壁(保存庫としての蔵の要でこの土壁によって湿気、外気、外気温の変化から中に保存されているものを守っているのです)の素材感が何物にも代えがたい。
そしてもうひとつの重要な要素が照明。当然蔵は外光を遮断することで中の温度の上昇を防ぎ紫外線のよる品質劣化も防ぐ作りなので夏の昼間でも締め切るとひんやりとして真っ暗です。なので土壁を切り取って作られた窓がとても美しく、その部分がまるで印象派絵画で描かれた光ように美しい。窓の周りの土壁も額縁以上の存在感でその陰影はまさに谷崎潤一郎のいうところの「陰翳礼讃」そのものですね。
店内のライト類もこの陰翳を意識してとても効果的に配置されています。もともとあったこの蔵という空間×素材×自然光も含む照明があいまってカフェとしてとても素敵で心地よい空間を創り出しているわけです。
とまあ、パンの話に辿り着かず蔵をリフォームしたお店のデザインばかりの話しとなりましたけど、天然酵母を使ったパンもバラエティ豊か。パンって見ただけで美味しいかどうかわかるものですけど、こちらは見た目通り美味しい!です。
またコーヒーも丁寧にハンドドリップで淹れたてを提供してくれます。コーヒー豆もオーガニック。創業1950年の京都にある玉屋珈琲店の有機レギュラーコーヒーのようです。誰からも好まれる味だと思いますのでパンとの相性も抜群のこちらもお楽しみください。
このお店の難点を一つだけ挙げるとしたら、パンが早い時間で売り切れになってしまうことがあるということでしょうか。まあ、それだけ人気があり、また食品ロスもないということでいいことだとは思いますので、皆さん早起きして出かけましょう。
このお店のある藤沢宿はもっと知名度が上がってもいいと思いますし、色々なお店が集まると散歩コースとしてももっと人気も出てくると思います。まあ、東海道自体がその知名度の割には散歩マーケット(そんなものがあればの話ですけど)としては想起されずそのポジションを獲得することが、当面の課題のようにも思います。
では、次回もYou'll never walk alone!
鎌倉から飲みに行くべきコーヒー。
こんにちはユルネバT-800です。
今回は私が三度の飯より好きな(今どき死語表現ですね)コーヒーについて。
鎌倉にも美味しいコーヒー屋さんがたくさんあります。それに私のお気に入りスターバックス鎌倉御成町店。あの「フクちゃん」で有名な漫画家、横山隆一氏の邸宅跡地に建てられたお店は居心地抜群です。読書も進むすすむ。なので時間帯と日によってはなかなか席が空くことはありませんのでご注意を。
さて今回はタイトル通りに鎌倉にあるコーヒー屋さんではなく鎌倉からわざわざ高い電車代払ってでも行くべきコーヒー屋さんを紹介します。
そのコーヒー屋さんはあの東京スカイツリーの近くにあるこじんまりとしたお店。カウンターしかない小さなお店ですけど無限大のコーヒーワールドへ案内してくれるお店でもあります。
昨年用事があって錦糸町まで来たときにネット検索にてこのお店の存在を知りました。墨田区の錦糸町~両国、錦糸町~東京スカイツリーのエリアには色々なコーヒー専門店があり、近年お店の数も増えているようです。まあ、1日では回り切れないでしょう。墨田区は今やコーヒー好きの聖地となろうとしているかのようです。
さて鎌倉方面から東京スカイツリーを目指すなら総武快速線直通の横須賀線に乗ってまずJR錦糸町駅を目指します。ここまで乗り換えなし。そして錦糸町駅を降りて地下鉄半蔵門線に乗り換えて一駅、押上(東京スカイツリー前)駅で下車。
まあ、錦糸町駅から歩けないこともない距離ですし、そもそも迷いようがない。ただただ高い塔を目指して歩いて行けばいいのですから。
いよいよ今回ご紹介するお店の登場です。そのお店は「しげの珈琲工房」。なお押上駅からお店までの道のりは各自グーグルマップにてご確認をお願いします。東京スカイツリーは見上げないといけない場所です。
私のつたない説明よりぜひお店を訪ねてコーヒーを堪能してください。ここの魅力はコーヒーそのものだけでなくマスターのお人柄。コーヒーについても優しく教えてくれます(それに甘えて初訪問ながらついつい長居。失礼しました)。
さて私のお勧めはエチオピア アラカ農園 サンドライ。こんなにフレッシュなブルーベリーの味わいがするコーヒーは初めて!マスターの焙煎と抽出の技を存分に堪能できる一杯です。
なかなか来ることが出来ないと思い、異なるエチオピア豆を2杯連続で頂きました。
お土産に最初に飲んだエチオピア アラカ農園の豆を100g購入。
自宅で淹れてみるも・・・マスターの味には及ばないなあ~。
また飲みに行きますか。皆さんもぜひ行ってみて下さいませ。
では、次回もYou'll never walk alone!
社内失業?ゴミと雑巾と呼ばれての50代。
こんにちはユルネバT-800です。
再会した社長からのキツイ一撃
今年の初めのこと(まだ「前」令和時代のことです)。以前の自分の上司と久しぶりに会いました。
そう前回の記事(↓)
に登場した会社の元社長。今は外資系投資ファンドに乞われて買収した某企業の社長をやっているのです。業界の現場を知り尽くし、自分自身も若くして現場のエースになり、その後MBAも取得。つまり泥臭い毎日の業務も理解(実践)できて、かつ俯瞰的に会社全体を見渡せる視点ももちあわせている方なので、まあどこからも引っ張りだこ。しかもイケメン!(まあ、そんなに何拍子も揃っていながら会社を潰してしまっているわけでもありますけど(^^'))。
渋谷の指定場所で待ち合わせして、久しぶりにお会いしての会話。
社長「今年でいくつになりました?」
私 「今、53歳です。でも間もなく54歳になります」
社長「なるほど、じゃあゴミですね」
私 「エッ?」
社長「で、それから雑巾になるのです」
私 「エッ?えっ??」
50代の鬼門
実はここまでの記事でずいぶんと偉そうなことを書いてきましてけど、この時の私は実質的な肩たたき状態。自分の賞味期限が組織の中で切れていたことを自覚しておりました。なので、人脈というのが白々しいほどの人脈のある元上司(現某企業社長)にアドバイスを・・・なんてカッコよく言いながら下心満々だったわけです。
このような状態だったので上記のような会話になったとき、社長が私の現状を見抜いて「イジって」いるのかと思い内心ムッとなりかけたのですけど・・・要はダジャレだったのですね。つまり:
53歳=5(ご)3(み)=ゴミ
54歳=5(ご)4(し)=ゴシゴシ=雑巾(がけ)
というわけです!
なるほど。でも、これは信頼関係があるからこそ成り立つ会話。普通に年下(40代)上司が年上(50代)部下に言ってしまうとパワハラになりかねませんよね(まあ、年下とか年上とか関係なくアウトでしょうか)。
これをもっと膨らませると50歳になると:
5(ご)0(ろ)=ゴロ=(社内で)ゴロゴロ=暇している人
もしくは
ごろ=ごろつき=(社内に精通していて)弱みに付け込んで(会議や部内で)「ゆすり」や「嫌がらせ」をする人
となりますでしょうか?
お仕事ライフの曲がり角はとうに過ぎている
まあ、このような回りくどい言い方よりも「ゴミ!」といわれた方がインパクトはありますね。しかも50歳だとまだ自分でもこの前までは40代だったので「まだまだ俺は現役バリバリだっ!」って思っているかもですけど、53歳ぐらいになると色々な現実が見えてくる年頃でもあります。
統計資料を見てみると1970年代中ごろまで主流だった55歳定年(=一定年齢での一律雇用契約解除)が減少傾向を示しつつ、ついには1985年に60歳定年の比率が55歳定年を上回るようになりました。つまり年金支給のタイミングと歩調を合わせながら定年も60歳が一般的になっても55歳というのはかっての雇用のゴールであり、53歳とか54歳はゴールのテープが見えてくる年齢でもあるわけです。
よく、加齢にともない仕事のパフォーマンスが落ちてくることが指摘されることがありますけど、年齢に関係なくパフォーマンスが低い(ここではパフォーマンスの定義は詳細には書きませんけど、生産効率程度の解釈で結構です)人は低く、50代以上でもパフォーマンスの高い人は存在します。
ではなぜシニアいじめのような「使えないオヤジ(シニア)」排除論が起こるかといえば、やはり高給取りが多いから。つまり年齢に関係なくパフォーマンスの高低(実績とコンピテンシー)で配分されるべく所得が、年功序列型に依然なっているからではないでしょうか。
毒舌も余裕で受け止める50代をめざせ!
さて、このような周りの認識に対して50代はどう対処すべきか?・・・な~んて前に自分たちも「(粗大)ゴミ」になっていないか?と考えてみる(これ自分についてで決して他者の評価に使ってはダメですよ)って自虐的に聴こえてなかなか自己認識をより正確に行う上でいいチャンスのように思います。
そのうえで「雑巾」になって「汚れ」を落とす存在になる、もしくはあえて「汚れ役」を社内でやる(コンプライアンスやリーガル違反をしろってことじゃないですよ。念のため)ってのも悪くなように思います。
以前にも書いたように、モチベーションの大きな源泉のひとつは周りから頼られることにあるのも事実ですから。雑巾のようにゴシゴシ使われているうちが花!ってことです。
まあ、これは自分を見直すひとつのきっかけで、どのような50代の仕事人生を送りたいかは全てあなた次第です。あえて「ゴミ」だ「雑巾」だと自分を卑下する必要もありません。
それよりも、自分の年齢にゴミとか雑巾と言える余裕を持っていてもいいかなと思った次第です。よく分からない結論ですけど「ソイレントグリーン」で描かれたような社会と真逆な方向に進んでいって欲しいと思うのであえて言葉と戯れているってところでしょうか。
そう毒蝮三太夫師匠とご老人方の間にあるところの建前でない信頼関係と思いやりだからこそ成り立つ毒舌(=愛情表現)のような・・・。
では、次回もYou'll never walk alone!
50代の早期退職を歩くために必要なこと(後編)
こんにちはユルネバT-800です。
40代にして突然クビ
さて前編で予告した私の40代での「早期退職」の経験についてです。というか正確にいうと回顧じゃなく解雇ですね。
それは今から遡ること10年以上前のこと。夏休みが明けていつものように会社に行くと恒例の朝礼で社長がいきなり「8月末で私は辞めることになりました、ここにいる本社の皆さんも9月末で全員退社していただきます」・・・エッ~ぇえええ
えええええええ。
まあ、業績の悪さは皆わかっていたのでこうなることは薄々予感がしていたのですけど、それにしても突然です。本社といっても数十人の小企業。全員の様子はお互い手に取るように分かります。外資系企業でもないので正直このような事態には皆慣れているわけではありません。
退職プログラムなる死刑判決
このような事態になれば人事部などからいわゆる「退職プログラム」の案内なるものがきます。つまりどのような条件でいつまでに退職してもらうかという案内です。私の場合は人事部も含めその対象(つまり会社組織全体を無くす)だったので、出資していた法人から派遣されていた方々からの案内でした。
この「退職プログラム」なるもの色々な会社のものを集めて比較出来たら面白いだろうなあ~と思います(そんなことは不可能でしょうけど)。こんなもの人生で何回ももらえることはないので(ところがその後私は再び「プログラム」をもらうはめになるのです。それはまたあらためて。)その内容が適当なのかどうなのか?なんて初心者(未体験者だろ)には分かりませんよね。
実はこの時の「退職プログラム」を保管していたのでその内容をちょっとだけ見てみましょう。
(1)対象者:本社全社員
(2)退職日:XXXX年9月末
(3)特別一時金:基本給の2か月分を退職月の翌月15日に支給
(4)雇用保険:退職時に再就職先が見つかっていない場合は会社都合の退職とする
以下省略
う~ん。一時金が2か月分って少ない・・・。それにつけても9月末の退職だとあと1か月半・・・次の就職先決まるわけないじゃん・・・(--)。
というのが当時の偽りのない心境。しかし今見てもこの「退職プログラム」かなりいい加減(苦笑)。「再就職が見つかっていない場合は会社都合」って・・・そもそも雇用保険の資格条件に関係なく会社都合だろうよ・・・(--)。
自己都合という名の会社都合
さて、ここでのキーワードは「会社都合」です。この対概念が「自己都合」ですね。
ご存知のようにこの2つの都合の間で退社後(失業後)の失業給付の条件や退職一時金(もしくはプラス割増金)の給付有無や額まで異なってきます。
で、今回のポイントは本当の意味での自己都合(=キャリアアップなどのための転職で自らの自由意志で会社を辞める等)は45歳を越えたあたりからさらに限定的になっていくということです(この45歳って線引きもかなり曖昧です)。ある人にとってはもっと早い段階(30代)でも上記のようなポジティブな自己都合での退職は出来ないこともあるでしょう。
そう自己都合の中にも会社を辞めざる得ない(転職先が決まっていないのに辞めたくなる)状況に追い込まれた末に退社する場合も多々あるってことですね。でも公には自己都合なので会社都合のような「優遇」が受けられません。
いうまでもなく「会社都合=あなたの都合ではない」のです。これをもっと限定的に恣意的に定義すると:
自己都合での退社=いつでも好きなタイミングで辞められる(逆を言えば辞めたくなければ今の会社で働き続けられる)。
会社都合での退社=あなたの嫌なタイミングで辞めさせられる(今の会社に残りたくても残ることが出来ない)。もしくは突然やって来る。
ということになります。
最悪なタイミングでの会社都合退職
さて私の10年以上前の「会社都合」のケースに戻ります。この時、突然の解雇だったものの私自身は落ち着いていたように思います。幾つか理由があったものの(性格がのんびりしている等)この解雇されるまでの1年間ほどは自分で社内起業的に事業を起こして社内外を巻き込んである意味趣味と実益を兼ねたような日々を過ごしていました。もちろん決して楽ではありませんでしたけど、苦労もまた楽しっ・・・てことだったでように思います。
この時私は突然の解雇に対して万全の準備をしてきていたわけではありません。第一、当時はちょうどその時住んでいたマンションを売却して新たに購入した土地に家を建てて引っ越すために住宅ローンを再度組む準備を進めていたのです。
しかも子供たちは小学生。これからたっぷりと教育費もかかるステージでもありました。
そう。お金の心配をする必要があるならまさに今この時でした。「お金の心配がない」どころか借金が積み重なって心配が無限大になろうかという状況だったのです。
でも私には根拠のない自信がありました。次の仕事が見つかりそれも今以上に給料もいいだろうという根拠のない自信でした。この時実はリーマンショックなるものも迫っていた最悪の時期でもあったのです。その時の私はそんなことも知らず・・・。
結果運よく半年ほどで前職よりいい条件で再就職できました。この「浪人」の間に考えたのはお金のこと・・・ではなく、自分自身で自分に何が期待できるのか?ってことだったようにも思います。
会社都合は自分の都合を考える最大のチャンス
自分で自分自身に期待できることもなければ他人も期待してくれない。そんな風に考えるようになりました。ただ漫然と考えていても失業状態(もしくは意に沿わない退職が迫っている状況)から次の仕事が見えてくることはありません。今思えば次のように自分自身を見直す機会でもあったと思います。
① 自分は何のプロなのか?
② 自分が夢中になれることは?
③ 自分が興味のあることは?
④ 自分が好きなことは?
⑤ よき助言者はいるのか?
①は会社に雇われる限りは自分が担当できる業務について誰にでも分かる部署なり職種に当てはめてその専門性を表現する必要があるってことです。営業担当なら「営業のプロ」と(自信がなくてもナンデモ)言い切ることが出来ないといけません(まあ実際の面接での言葉の選び方や伝え方はともかくも)。
②は毎日の仕事において自分が繰り返しやっても飽きない、時間も忘れてやってしまうことを極めて実務レベルで分かっているようにするってことです。私自身のことで言えば「企画書を書くこと」や「アイディアを考えて発表すること」なんかです。
③は自分の専門業務に掛け合わせるとさらに専門性が高まる(価値が高まる)蘊蓄を傾けることのできる分野は何かってことです。例えば「販売業務 x 車」とか「営業業務 x 教育」とかのように。私の場合なら「マーケティング業務 x 食品(もしくはお店)」です。
④は③と似ていますね。違うのは③は業務に直結する分野のことで、④は純粋に自分が好きなことです。極個人的なことでOKです。実はこれが仕事を助けることもあるからです。そして今の仕事以外の拠り所にもなるわけです。
最後に⑤。失業した私はこの点で恵まれていました。かっての上司、今の会社の同僚、転職エージェントのアドバイザー等々会社を離れた時こそこの「よき助言者」が私にっとっても最強の応援団でした。
この①~⑤が私にとって「お金の心配をすること」以上に大切なことです。この40代半ば近くで経験した解雇(会社都合での退社)が私にこれらのことを教えてくれたのです。
なんか抽象的な精神論になってしまったかもしれませんけど、どんな危機的状況でも自分の心持ちひとつで異なった風景が見えてくることだけは確かです。なので早期退職の年頃かどうかは会社の都合で決めざる得なくなっても、そもそも自分はどのように人生を設計したいのかは常に考えている必要がありますし、一歩を踏み出していく(会社を辞めるにしろ辞めないにしろ)勇気と行動力が必要なのですね。
その1歩を踏み出すためにもいきなり「自分が本当にやりたいことはなんだ?」との問いかけに答えられず悶々としているよりも①~⑤の全て揃わなくてもいいのでどれかひとつからでも考え始めることが大切だと思います。
とはいえ退職には色々な手続きごともありますので心構えだけで乗り切れるものではありません。この辺の退職への準備や手続きについてはまたあらためて。
では、次回もYou'll never walk alone!
50代の早期退職を歩くために必要なこと(前編)
こんにちはユルネバT-800です。
お金の心配よりもっと大切なこと
さて50代ともなれば60歳定年も視野に入り、その後雇用延長なんてことも検討する年頃でもあります。一方で早期退職ということを検討したい(もしくはせざる得ない)年頃でもあります。
そんな検討を始めると朝晩の通勤電車の中でググったりして「早期退職して大丈夫かなぁ~?」という疑問に答えてくれそうな情報を探したりしているのではないでしょうか?
この「大丈夫か?」っていうのは何のことかといえば99%お金のことではないでしょうか?「働かなくても心配ないほどのお金さえあれば、今すぐ辞めてやる!」なんて心の中では啖呵を切って、現実は悶々とした毎日を過ごされている人も少なくないのではと思います。
なので今回はそのお金の心配が完全になくなる秘訣を大公開~なんてことはありませんね。ただひとつ確実に言えることは「お金の心配をしている間はお金の心配が消えることはない」ということです。
何言っちゃってんの?ですね・・・はい。
「お金の心配をしている間はお金の心配が消えることはない」によってお伝えしたいことを説明する前に、ちょっとググって(検索して)みると出てくる情報についてお話しましょう。
よくあるのは「早期退職して大丈夫でしょうか?」という質問に対してファイナンシャルプランナーとか資産運用アドバイザーとか呼ばれている人が「早期退職なんてダメですよ~!よほどの資産がなければ~!」という回答です。
そう「よほどの資産」がないと60歳前に退職(そもそも「会社を辞める=働くのを辞める」で無いことに注意)してはダメだそうですよ。
これヘンだと思いませんか?何がヘンなのかちょっと考えてみて下さい。
常識はあなたの人生をデザインしてくれない
さて私の答え(もちろんあなたなりの違う答えでもOKです!)。ナゼ個々人の状況は異なるのに「60歳」なんでしょうか?そう60歳で定年は当たり前ですけどあなたが決めたことではなく会社(システム側)が決めたことです。
なので60歳に実は必然性はないのです。ということは早期も遅期もないんですね。
「いやいやあるでしょう。年金だって退職金だって年収だって変わるでしょう」。
ごもっともです。でも次の資産運用専門家の方のアドバイスを読んでみてください。これを読んでからでも「お金」のことだけがあなたの心配ごとでしょうか?というか「お金」ことだけで「早期退職すべきか?すべきでないか?」を決めますか?
「60歳までは老後資金をためる最後のチャンス。早期退職して時間を持て余したという人も多い。なのでよほどの計画がない限り年金をもらえる65歳まで働くのが無難。」
「時間を持て余すから働くのが無難」って・・・(苦笑)。では、66歳からは時間を持て余さないのでしょうか?この方が早期退職後に必要な資金試算の前提としている「95歳まで生きた」としたら30年間時間を持て余すのか・・・(^^)。
そう、例えば55歳で時間を持て余す人は70歳でも持て余します。なのであたなが心配すべきはお金!はお金ですけど、ほんとうに必要な貯金は「自分で人生を楽しむ力」の蓄えなのですね。
人生のリストラ&DIY
時間を持て余し、楽しめないなら何のためのお金でしょか?問題は「お金がない」ことではなく、あなたに「よほどの計画」がないことなのです。
もちろん人生を楽しむためにはお金も必要ですけど、お金がないと楽しめない!の発想変えないと時間を持て余しますよ。だいたい退職金数千万受け取ってそれ以外に数千万必要なら世の年金生活者の8割は生活に行き詰っているでしょう。コレ、ネンキンサギノ、ヒガイシャ、デスヨ。
お金について偉そうにアドバイスできるとしたら世のファイナンシャルアドバイザーの方が前提としている平均的月の生活費とか平均的経費とかを真に受けないことです。
あなたの人生は「平均」ではないのですから。もちろん自分が送りたい生活に必要なお金が「平均」以上ならそれだけの額のお金が必要です。なのでまずは自分が送りたい生活が先です。大切なのがこちらの記事で触れた「自立する力」です。
「平均」とか「世間並」とか「中流」とかの幻影を捨ててまさに人生をリストラするのです。DIYするのです。
食べる=生きるをもっと大切にしよう
だいたい早期退職を検討し始めて今後のお金の心配を相談するのってヘンです。それまでにもずいぶん大きなリスクがあったはずです。「家族が病気になる」「自分が病気で働けなくなる」またまた「クビになる」等々。なのに相談してこなかった、というより自分で試算してなかったのではないでしょうか?結局、他人任せなのですよ我々は。
「お金の心配をしている間はお金の心配が消えることはない」とはこのような私も含め他立的な人生を送っている人の持っている幻影と本質的にもっと心配しなければ(考えなければ)ならないことから目を逸らしていることへの批判的言説なのです。
こんな私に偉そうに言わせて頂くとお金の心配は最低限にしてあなたが今からでも貯める必要があるスキルや知識はまずは「食べること」についてだと思います。
そう、これは文字通り「食」についてです。なぜなら今後(も):
1.生きるためには食が不可欠。
2.食費がコストの大半を占める。
3.食は健康に直結している。
からです。
これだけ、重要なことを現代人は人任せにしてますよね。狩猟民族にしろ農耕民族にしろ生きるために食べていたのに、いまや資本主義のシステムの中で我々はお金のために生きています。
50代こそ魚柄&ホリエモン発想で
「でも最低限の食費は必要だろよ!」って仰せの通りです。でもここで必要なのが発想の大幅な転換です。自立的な食生活です。なにも自給自足を始めろということではありません(それはそれで素晴らしい!ことなのですけど)。
「XXXにはいくら必要」とか「XXXには最低でも幾らかかる」とかの固定観念を捨ててしまいましょう。ついでに無駄な見栄やプライドも断捨離です。
ホリエモン流に言うと「皆が皆、同じ年数学校に通って勉強する」ことはナンセンス。協調性の育成という呪縛や牢獄に囚われて「自分で人生を設計する」ことなく終わってまうことこそナンセンスです。
本当の意味で「自立」すると「時間を持て余すので働く」なんて本末転倒な発想はなくなります。魚柄仁之助氏ではありませんけど「ひと月9000円の快適食生活」だって可能なのですよ。
料理や買い物は奥さん任せ、今さらそんなこと出来ないなんて言っている男子の方は今からでも遅くありません、食の調達こそ原始の時代から男子の大きな仕事なのです。
とはいえ、全くお金のことを考えなくて早期退職してOKと言っているわけではありません。要は世の平均や資産運用家の前提に振り回されず自分でお金も含め設計しようよ、ということです。
というわけで後編では私がこのような考えに至った40代での「早期退職」について書きますね。
では、次回もYou'll never walk alone!